喫茶店が好きです。
カフェももちろんおしゃれでくつろぐしいいんだけど、昔からあるような喫茶店が大好きです。
それも古くて有名なんて感じじゃなくて、「ずっとここで営業していたら、何十年も経ちました」ってゆう風情をもった喫茶店。
お店の家具なんかも使いこまれて、すっかり形もレトロなんだけど、味があってなんともくつろぎます。そんなお店には、どこからか聞きつけたおしゃれな若者が一眼レフを相棒に座っていたりして、言葉を交わすわけではないけど、「わかる、わかる・・・いいよね。」とつぶやきたくなってしまうのです。
最近はこうしたレトロな喫茶店や昔ながらの喫茶店が人気を集めているようです。とくに 京都は歴史の古い街です。こうした雰囲気のあるお店が多いのも特徴。
街中の、メインの通りなのにそこだけ時間の止まったような店。そんなお店だと、入った瞬間、外の狭くて荒ぶる急流にも似た現代の流れから、ゆったりとした広くて深い流れにとぽんと飛び込んだような感じがします。久々に実家に帰ったような。おばあちゃんの家に遊びに行ったような。そんな安心感を与えてくれる気がします。
それは温かくやさしく、もちろん懐かしい。
川の冷たく激しい流れと比べて内陸の海のように温かく、海水ですから身体が浮く、そんなかんじ。
この席で、何十年もの間に交わされた会話はいったい何文字なのだろうかとか、この席に最初に座った人は、今どうしているだろうか、とか。
学生時代に、初めてできた彼女といつもこの席にいて仲睦まじくあるは涙を流したりしながら、その若者はもう、孫を抱いているかもしれない。それらのイメージが去来する、そんな店がある。
ちょっとした小道の先や商店街の中にもステキな喫茶店が沢山あります。喫茶店と風呂敷はちょっと似てる。いつの間にかものすごく長い間存在していて、なんか古いんだけど、ちょっと気になる。
そして最近新しい魅力を放っている。風呂敷の魅力ってそんなところにあるのです。そんな風呂敷が好きな私だから、やっぱりカフェよりも喫茶店派なのかもしれませんね。
古い物も残しつつ、新しい物を生み出していく。こうした時代の流れが、風呂敷にも反映されているように思います。この先また印刷技術が上がって、また新しい形の風呂敷が誕生するかもしれない。そう考えただけでもワクワクしますね。
風呂敷の将来が楽しみです。